「With QUESTION」 5周年 特別対談 08
人と地域が循環する場所へ。QUESTIONと西陣に生まれた地域連携の在り方
コミュニティ・バンク京信(以下、京信)が運営する共創施設「QUESTION」のオープン5周年を記念し、「QUESTIONとは何か?」をあらためて問い直す連載企画「With QUESTION」。
連載8回目では、QUESTIONと地域の連携に着目します。
ゲストに迎えるのは、西陣に拠点を構え、「人と人、人と場のつながりを紡ぐ。」をミッションに活動するツナグムのタナカユウヤさんと、西陣の伝統産業から出る廃素材をアップサイクルしたブランド「sampai」を運営しながら、地域イベントの企画サポートに携わる宮武愛海さん。
5年間でQUESTIONと西陣の間に起きた動きを振り返りながら、人と地域の循環を生むハブとしての可能性を探ります。
お話を伺った人
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タナカ ユウヤさん 株式会社ツナグム 繋ぎ手・取締役
1984年生まれ。滋賀出身。2015年3月、株式会社ツナグムを創業。「人と人、人と場のつながりを紡ぐ」をミッションとし、自治体や行政、企業、金融機関、大学など多様な事業者との協働によるコミュニティづくりや事業への伴走支援、商店街や地域の活性化などを展開している。京都への移住とその先の暮らしをつくる「京都移住計画」は、全国各地への広がりや各地との行き来を生んでいる。
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宮武 愛海さん 頼-tano- 代表
京都外国語大学卒、4回生の時に事業をスタート。京都西陣の伝統産業から出る廃素材をリサイクルしたアップサイクルブランド「sampai」を運営しながら、地域イベントの企画サポート等を実施。地域のなんでも屋として、地域企業の困りごとの解決や相談に尽力。ホテル、イベント・ツアー会社、ITスタートアップ勤務経験有り。
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平野 哲広 QUESTION 館長
大阪生まれ、京都育ち。2001年京都信用金庫に入社。営業店と本部を経験し、2024年4月にQUESTION館長に就任。コミュニティマネージャーとして金融の枠を飛び越え、様々な人や知識、知恵、情報とつながり、人と人、事業と事業をつないでいる。伏見のお酒が好き。趣味はサッカー観戦とギターを演奏すること。
※プロフィールは2026年3月末時点の情報です
地域連携のサイクルは自然とできていった
平野 お二人はこれまで、QUESTIONとどのような関わり方をしてきましたか?
宮武 私は学生時代、「西陣connect」の学生事務局にいました。その中で地域課題を学生目線で解決するビジネスコンテスト「コネクリ」という企画を立ち上げ、副事務局長をしていました。
タナカ 「西陣connect」は、京都市の「西陣を中心とした地域活性化ビジョン」の一環として、株式会社博報堂が提案した「西陣 文化のスタートアップスタジオ構想」実現に向けた活動ですね。
宮武 その活動の中で西陣と縁があるということで京信さんとつながり、「QUESTIONでビジコンを開催しませんか?」とお声がけいただいて、2020年11月にQUESTIONで開催しました。
平野 QUESTIONのオープン直後じゃないですか!
宮武 そう、実は私たちがQUESTIONで最初にビジコンをやった団体なんですよ。それ以来、5階の「Students Lab」に通うようになって、だんだん他のフロアのパートナーさんの手伝いをするようになり、この5年間はほぼQUESTIONに住んでましたね(笑)
今は西陣の伝統産業から出る廃素材を使ったアップサイクルブランド「sampai」をやっていますが、それも「やってみたら?」と背中を押してくれたのは「Students Lab」を運営する認定NPO法人グローカル人材開発センターの木下京介さんです。
平野 宮武さんがQUESTIONにいるとものすごく頼りになるんですよ。僕もよく相談させてもらいますけど、最適な人をつないでくれることも多々あり、ほぼコミュニティマネージャーだなと思ってます。ユウヤさんとQUESTIONとの関わりはいつからですか?
タナカ 過去、今日の取材場所である「町家 学びテラス・西陣」(当時、京都リサーチパーク町家スタジオ/以下、町家)で、よくイベントをやっていたんです。そこに京信の方が来てくれて、QUESTION初代副館長の津田さんとも出会いました。
西陣エリアでは「つぎの西陣をつくる交流会(以下、つぎにし)」を京都市さんと始めていて、京信の西陣支店さんに協力していただきながら運営しています。
平野 開設準備の段階から、ツナグムさんはQUESTIONに関わってくださったと聞いています。
タナカ 僕らは町家以外にも、西陣にある「385PLACE」という拠点の立ち上げをして運営をしたり、起業家やスタートアップ、企業への伴走支援をしたりしていたので、それらの知見を貸してほしいと京信さんから声をかけてもらいました。
平野 宮武さんとユウヤさんの出会いはいつですか?
タナカ ちゃんと会ったのは「つぎにし」かな。
宮武 その後、「Students Lab」に出入りしていた同級生がきっかけで、私も町家に行くようになりました。
タナカ 逆に、宮武さんが町家で出会った学生さんをQUESTIONに連れて行ってくれたこともあります。そうやって行き来してくれたおかげで、地域連携のサイクルが自然と生まれていったなと思います。
QUESTION、京信、町家の連携から生まれたもの
平野 2021年から西陣支店で始めた「西陣Fes」を、QUESTIONで開催したこともありましたよね。
宮武 西陣Fesは「西陣の事業者さんがゆるく集まれる場所をつくろう」という西陣支店支店長の発案から生まれた「西陣サロン」が主催するイベントで、私はコネクリでの出会いをきっかけにお手伝いをしています。
宮武 西陣FesをQUESTIONで開催したのは、もちろん西陣の取組を他地域に広げたい思いもありましたけど、「とりあえずQUESTIONに来てもらおう」っていう狙いもありました。
普段QUESTIONに行かない人でも、自分らが関わるイベントで、しかも知っている事業者さんが出ていたら、とりあえず顔を出すじゃないですか。京都って「〇〇さんが出てるなら行っておかなければ」みたいな文化もありますし。実際に、西陣FesをきっかけにQUESTIONを使ってくれる人もいましたね。
平野 それはうれしいですね。
宮武 実は、西陣Fesの運営がスムーズになったのはQUESTIONのおかげなんですよ。西陣Fesは、最初の2年間はとにかく余裕がなくて。地域からの評価は高いけど、支店の職員さんの負担は大きかったんです。
そんな中、QUESTIONコミュニティマネージャーの方の紹介で、市内の高校生が西陣Fesにボランティアとして来てくれるようになって。2025年には「西陣Fes高校生共創企画」が生まれて、西陣支店のお客さんのリソースを使って高校生が新商品を企画し、実際に商品を販売するところまで持っていけました。
タナカ QUESTIONと西陣とのご縁だと、「ORIOBIプロジェクト」さんも良い事例ですよね。僕らが「ORIOBI」という事業の代表の方と西陣で出会って、西陣支店も巻き込みながら、ご紹介させてもらいました。「活動を広めるならQUESTIONも使った方がいいのでは」とおつなぎして、QUESTION側で支援をしていただきました。
平野 京都芸術大学の学生さんとプロジェクトチームを組んで、西陣支店のロビーに作品を展示したり、QUESTION1階で販売したりしましたね。最終的には、QUESTIONを1日ジャックするイベントも開催しました。
タナカ 最近だと、切花などのえだものを扱う企業さんが東京から京都に拠点を移し、町家に入居されました。最初はQUESTIONに会員として入って、「学生や地域とつながりたい」とオフィスを探す中で町家に来てくださって。
まずは西陣から応援しつつ、今後は地域や学生との連携も進めて、最終的にはQUESTIONで何かやるところまで広がりをつくっていただけたらと思っています。そういうサイクルはこの5年でちゃんと生まれていますよね。
平野 京信も課題解決型店舗への切り替えを進めていますし、地域連携の動きは加速させていく必要があると思っています。西陣をモデルに、他地域にも広げていきたいですね。
タナカ この5年で京信の支店、QUESTION、町家と、それぞれの役割を踏まえた上で、「あっちだったらこの相談はいけるな」「このフェーズだったらこっちだな」と紹介できるようになってきました。
相談に来てくれた人の可能性をどれだけ広げられるかは、相談に乗る人次第です。伝統工芸やスタートアップなど、関心がある人同士がつながることによって開く可能性もありますからね。そう考えれば相談先は多い方がいいし、適切なつなぎ方ができる人が増えるといいんだろうなと思います。
QUESTIONと西陣エリアの連携がうまくいっている理由
平野 QUESTIONと西陣の連携がうまくいっている理由は、どこにあると思いますか?
タナカ 僕らがいたり、行き来する人たちがいることも大事ですが、西陣の地域が変化しつつあることと、西陣支店の皆さんのおかげだと思っています。支店長や職員さんの中には、何かあったときに地域へ出向いていただける方々が多いと感じています。それによって「応援してくれるんだな」と事業者に伝わり、相談がしやすくなっているように思います。
運営をお手伝いしている「町家 学びテラス・西陣」は毎週水曜日を町家オープンデイにしていますが、フラッと職員の方が寄ってくれるんです。最近は事前にお越しいただく日時を設けて、事業者さんや学生さんと接点を持ってもらうようにもしています。
タナカ 西陣支店以外もオープンになっていくと、学生の動きもより活性化するかなと考えていて。事業者さんと学生が触れ合う機会ができれば、京都で就職する選択肢も増えるかもしれません。そこは京信さんへの期待としてあります。
平野 確かに。課題解決型店舗で午後の時間を自由に使えるからこそ、そうした動きが重要になっていきますね。
タナカ 就職で東京に出た子が京都に帰省したとき、かつてお世話になった人のところへ遊びに行っているのを見るんですけど、ものすごくいい動きですよね。5〜10年後、UIターンで京都に帰ってきたときに、「京信さんがいたな」と思い出すような世界をつくりたいです。
そのためには、QUESTIONと京信の各支店の連携を強めつつ、それぞれの支店と地域の距離を近づける必要があるのではないでしょうか。京都の各エリアを一番理解しているのは支店の職員さんですから。
そうやって“つなぐ人”が増えると面白くなりそうだなと思います。
宮武 私はやり続けることが大事だと実感しています。地域に密着できるし、「面白そう」と近寄ってきてくださる方も出てきますから。最近は「西陣Fesをやっている」という理由で、西陣支店と取引を始める事業者さんも出てきているようです。
平野 それはすごいですね!
タナカ やっぱり顔が見える関係になると、相談しやすいですよね。イベントを西陣支店さんでやらせてもらったり、QUESTIONでつながった人が西陣のイベントに来てくれたり。そうやってみんなで地域を盛り上げていけたらいいですね。
「受けた恩を返す」が原動力になる
平野 お二人のようにコミュニティマネージャーのような動きをする人を増やすためには、どうしたらいいと思いますか?
タナカ 「昔応援してもらった」という気持ちがあると、コミュニティマネージャーとして頑張れると思っています。次の世代に返していきたいっていう、恩送りの要素はかなり大きいと思いますね。
学生にも「受けた恩は後輩に返せ」って言っています。例えば、京都で学生時代を過ごし、今はとある水産会社で働いている子が、魚をQUESTIONに送ってくれました。就職で外に出ても京都への思いがあるのが嬉しいですよね。
宮武 私もこれまで、地域の人からたくさんサポートしていただきました。西陣という地域に助けてもらった部分はすごく大きい。だからこそ、西陣の人たちが地域で実現したいことを一緒にやりたいから、何かと手を挙げているなと思います。その意味では、Win-Winですよね。
それに、そうやって動いていると、地域のキーマンとのつながりもできるんですよ。自分が何かやりたい時に動きやすいのはもちろん、面白い企画を持っているけど人脈がない人のサポートもできる。京都の文化や地域性を残すために、トレーディングカードを集めるような感覚で「5年かけて最強のデッキを作る」ことも、コミュニティマネージャー的な動きをするモチベーションになっていました。
タナカ 地域は一気に変わらないからこそ、長期的な視点が必要です。QUESTIONも10〜20年後を見据えながらやっていけるといいんじゃないかと思います。
宮武 QUESTIONはもっと地域に密着できそうだなって思います。近所の方々との会話を増やせば、そこからつながりも増えそうですよね。「QUESTIONと関わりたい」っていう京都の事業者や施設の方の声もよく耳にしますし。
話をしながら思ったんですけど、私がコミュニティマネージャーみたいな動きができているのは、たぶん暇だからなんですよ(笑)。一つの取引先に3時間は滞在しているし、呼び出された飲み会には全部出ています。そうやっていろいろな人に会ったり、情報をつかんだりするのは、ある程度時間に余裕がないとできない気がして。
平野 確かに、QUESTIONと地域の連携を進めるには、もっと僕らが地域に足を運ばなければいけないですね。
タナカ 僕はQUESTIONのコミュニティマネージャーさんからの紹介で、六地蔵のまちづくりに関わっています。京信の六地蔵支店さんにも携わってもらっているんですけど、西陣で得た知見を伝えることで、スピーディに動ける面はかなりあると感じています。
宮武 西陣Fesがうまく回っているのも、やっぱり西陣支店の職員さんの協力が大きいんですよ。事業者さんに出展のお声がけをしたり、運営を担ってくれたり。2025年からは出店する事業者さんのご紹介文をその企業の営業担当の職員さんに書いてもらっているんですけど、柔軟に対応いただいています。そういう動きが他にも広がるといいなと思いますね。
平野 まずは自分が住んでいる地域の活動に参加するといいかもしれないですね。身近な場所で貢献するうちに、いろいろな人に助けてもらって、「この恩を返そう」という気持ちが湧く。そうすると、別の地域のことも自分ごと化しやすくなる気がします。
僕らは「コミュニティ・バンク京信」ですから、そこまでせなあかんなと改めて思いました。

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