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QUESTIONに関わる企業や個人にスポットを当ててご紹介する連載「Qパートナー紹介」。
“問いの交差点”QUESTIONに相談したい「問い」や、ここに集う人々と一緒に考えていきたい「問い」について紹介します。
第20回は、美術家で株式会社 kumagusuku 代表取締役の矢津 吉隆さんです。
矢津 吉隆さん
美術家、kumagusuku代表取締役1980年大阪生まれ。京都市立芸術大学美術科彫刻専攻卒業。
京都芸術大学美術工芸学科専任講師、ウルトラファクトリープロジェクトアーティスト。京都を拠点に美術家として活動。また、作家活動と並行して宿泊型アートスペースkumagusukuのプロジェクトを開始、瀬戸内国際芸術祭2013小豆島醤の郷+坂手港プロジェクトに参加したのち京都にて開業。主な展覧会に「青森EARTH 2016 根と路」青森県立美術館(2016)、個展「umbra」Takuro Someya Contemporary Art (2011)など。2013年、AIRプログラムでフランスのブザンソンに2ヶ月間滞在し個展を開催。
アーティストのアトリエから出る廃材を流通させるプロジェクト「副産物産店」やアート思考を学ぶ社会人向けのアート塾「BASE ART CAMP」のプログラムディレクターを務めるなど活動は多岐にわたる。
#美術家 #宿泊型アートスペース #副産物産店 #感性 #アート #お店 #ゴミ捨て場
ーー矢津さんはアートを通して幅広く活躍をされていますが、「肩書き」は何ですか?
そうですね。kumagusukuという場を運営しているイメージが強いかもしれませんが、僕は肩書きを「美術家」としています。お店を一つの表現媒体として捉えているんです。
ーーお店が表現媒体というと?
作品といっても、彫刻とか絵画とか様々なジャンルがありますよね。ここ最近だとインスタレーションとかビデオ、アートなどです。その中に一つ「お店」という形態があっても面白いんじゃないかなと思っています。
ーーそう思うきっかけは?
近年、ソーシャリー・エンゲイジド・アート(※)をはじめとした、社会との関係を結んでいく実践的な活動が増えています。いわゆる美術館という「作品を展示する場」の壁に作品単体をかけて見せるという方法ではないカタチです。
例えば、お料理を振る舞ってそれを「みんなで食べる場」をつくることを作品にするというアートがあります。『場をつくること=作品』というカタチの中で何か問いを投げかけたり、新しい視点を提供する。そういうことが作品になり得る時代になってきています。
僕がやってることも、そういった範疇に含まれるのかなと思っています。一見するとアーティストの仕事に見えないかもしれないけれど、アートとも言える。アートの範疇を拡大していくというような、枠みたいなものも取り払っていきたいと思っています。
※ソーシャリーエンゲージドアート(Socially Engaged Art)
アーティストが現実社会に積極的に関わり、対話や討論、コミュニティへの参加や協働を行うことで社会変革をうながす活動の総称。
ーーなるほど。私たちが思っているよりもアートは身近にあるのかもしれないですね。
アートは、親しみがないと思われがちなんです。だから僕がやっているkumagusukuというお店みたいな「場をつくる」ことを通して、お互い理解し合える機会をつくって、人とアートの境界を無くしたいというのが僕のやっていることですかね。
ーーその想いの根底にある「問い」は何でしょう。
僕の問いは、「人とアートの境界を無くす」ことによって何がどうなるのかということだと思います。つまり、
芸大のゴミ捨て場=豊かな場
ーーなるほど。副産物産店(※)というところに「豊かさ」も繋がるのでしょうか。
そうですね。僕たちが今生きている時代のなかで見えてくることは、今までと同じように暮らしていくと地球への負荷や歪みを生んでいくということです。
僕はモノをつくる人間ですが、モノをつくるとゴミが出てしまったり、人体に悪い溶剤を使ったりもします。人間に害のあるものは生き物全般にも害を及ぼしてしまう。僕は、もともと樹脂を使っていたのだけれど、有機溶剤である合成樹脂というものがあって、これも体に害を与えてしまうから、防毒マスクをして作業していました。もともと地球に存在するものではないので、肌が荒れてくることもあります。
※副産物産店:山田毅(只本屋)と矢津吉隆(kumagusuku)が考案した、資材循環のための仕組みであり、モノの価値、可能性について考えるプロジェクト。京都のアーティストのアトリエから出る魅力的な廃材を”副産物”と呼び、回収、販売している。2022年より足立夏子(mosynē)が参加し、3人で活動を行っている。
ーーアートの世界にそれほどのリスクがあるとは知らなかったです。
僕が若い頃は、モノをつくるということにおいてそれが当たり前だと思っていたし、だから歳を重ねて樹脂の作業はもうできないなと感じていました。そうして環境問題やゴミの問題を考えていた時、京都市立芸術大学の移転プロジェクトがあったんです。新しい芸大をつくるのであればで芸大ならではの方法でゴミ問題を解決できないか考えて、プロポーザルの中に「資材循環センター」という大学で出てくるゴミを利活用できるような仕組みを大学に提案をしたことが、一番最初のきっかけなんですよね。
ーー芸大の移転プロジェクトがきっかけだったんですね。
芸大のゴミ捨て場はゴミがただ捨てられている場ではなくて、そこに捨てられているゴミを拾って新しい作品を作る人もいて、そこにあるゴミ自体の面白さみたいなものをアーティストとして知っていたのです。「ゴミ捨て場」と言っても、いわゆるマンションのゴミ捨て場とかそういうのとかとは違って、ある意味豊かな場なのです。
当初は大学の中で仕組みを作ろうとしていたので、実際に芸大の学生にゴミ袋を渡して制作からどんなゴミが出るのか、リサーチやヒアリングを始めました。その後、紆余曲折を経て、僕たちのアートプロジェクトとして本格的に動き出したのが2018年ですね。それが現在まで続いています。
アートは人間が持っている一つの能力
ーー問いに戻りますが、矢津さんが考える「豊かさ」について教えてください。
環境に優しい取り組みは社会的な課題だと思うんですけど、サーキュラーエコノミーやシェアリングエコノミーは面白いなと思っています。
アートはデザインとは違うので、社会課題にコミットするのは難しい。一方でアートのメッセージ性であったり、物事をパラダイムシフトしていく考え方はアーティストが得意とすることだと思います。
今まで日本が得意としてきた資本主義的で市場経済主義的なやり方がうまくいかなくなってきたのが今だと思うんです。僕が大人になったときは就職氷河期だったので、高度経済成長期を生きた人と違ってみんなで同じ良い夢を見ることができなかった世代です。だからアートをしていても自分たちが目指すべき社会の在り方が分からないというか、モヤモヤする。そのモヤモヤがアートに繋がっていることもあるとは思うのですが、目指すべき方向がなかった中で、現在ヨーロッパを中心に社会構造そのものがサーキュラーエコノミーの方向に向かっている。ようやくそういう目指すべき社会の在り方が提示された気がします。ここで僕はアートで何を実現させていけるかが見えてくると面白いな、という期待があります。
ーーこれからのアートの価値にワクワクします。コロナ禍の影響もあって、若い世代の人たちが自分の想いを表現する場が減ってしまって、感情を吐き出す方法を見失っているように感じます。幅広い世代の人がもっと気軽にアートに触れられると良いのかもしれません。
そうですね。アートはやってはいけないことがない。吐き出し口として、モヤモヤが強ければ強いほどいい作品になります。
日本の教育において絵が評価の対象になっていますが、評価される絵とされない絵があるというのは違うと思います。アートというのは表現していくものなので、その中に上手い下手を超えて何かそこに表現したいことがあるということ。それを自分の中で受け止められるかどうかが大切なのです。
「隣の〇〇さんは絵が上手だけど、私は下手だから人に見せたくない」と思うのは間違いであり、アートは誰かが評価をするものではないということを今もう一度教育しないといけないと感じています。今のままだと、変な先入観が生まれてしまっているのかなと思います。それでアートに拒絶反応を持ってしまっている人がいる現状があります。
ーー自由に表現できるアートの可能性が広がっていってほしいですね。
今まで人間がアートという世界の中で挑戦してきたことは、ある種人間の進化の歴史でもあるんです。過去に「美」とされていたものも今の価値観と違いますし、常にその時代の人たちが更新してきました。そして、今を生きる僕たちの美的感覚や価値観も先人が作り上げてきたものであると言えます。そう考えるとアートは一つのジャンルではなくて、人間が持っている一つの能力であり、それをさまざまな方法で磨いていかないと感性は乏しくなる。
アートは好き嫌いとかの対象ではないと思うんです。人間にとって歩くとか息をするとかそういう根本的なもの。人間が生きていくには、何をするにしても感性というものが必要で、仕事においてもそうだと思います。
ーーアートがもっと日常の中にあると素敵ですね。
そうですね。何にでもアートという能力を発揮できる人は、豊かな暮らしをしていると思います。多くの人をその状態にするにはどうすればいいのか。僕はこれからも考えていきたいと思っています。
(取材・文:池内 琴子)
<パートナー概要>
組織名:株式会社 kumagusuku
Webサイト:https://kumagusuku.info/