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今回お話を伺ったのは、「するがや祇園下里」(京都市東山区)七代目女将である井上真由美さん。するがや祇園下里は、1818年(文政元年) に創業した、煉羊羹の発祥の店・総本家駿河屋の流れを汲む老舗の和菓子店です。看板商品「祇園豆平糖」をはじめとする昔ながらの手法でつくられた上質な飴菓子の数々は、祇園の花街を中心に全国で広く愛されてきました。
QUESTION コミュニティマネージャーの川上がインタビューに伺いました。
するがや祇園下里の店舗兼住宅である「下里家住宅」は、1895年(明治28年)にお茶屋として建てられた建物で、京都市の登録文化財に指定されています。
2021年に一時閉業していましたが、205年目を迎える2023年8月4日に営業再開にこぎつけました。のれんを下してから再スタートに至るまでに、井上さんとQUESTIONとの知られざるエピソードがありました。
するがや祇園下里 七代目女将 井上 真由美さん
QUESTION コミュニティマネージャー 川上 哲典
QUESTIONとの出会いは「たまたま」
川上:ずっと井上さんにお聞きしたかったことがあって。初めてお会いしたアトツギのイベント(※)にそもそもどうして来てくださったんですか?
井上真由美さん。先代の後を継ぎ、創業以来初の女将となりました。
井上:京都商工会議所さんのメールマガジンですね。当時、商工会議所によく行ってたんですよ。「補助金とか、いい情報何かないですか?」って聞いて回っていました。それでメルマガに登録していて、それで情報が流れてきたんです。わたしはあれを商工会議所のイベントだと思っていたんですよ。
(※)2023年3月9日 (木) に開催された、QUESTION価値創造セミナー「アトツギ先駆者から学ぶ~家業らしさと自分らしさ~」(イベントレポート)
井上:前職でも大阪に20年いて、当時MBAを取るために通っていたビジネススクールも大阪だったので、京都でそういうセミナーに参加したことがなかったんですよ。それで、お店の後を継ぐと決めてからは、京都商工会議所に行って情報を得るようにしていたんです。アトツギベンチャーさん(一般社団法人ベンチャー型事業承継)のイベントはビジネススクールでも参加している人がいて、評判も聞いていましたので、DMで見て「京都でもあるやん!」と。
川上:たまたまだったんですね。
井上:それまで京都のことに全然アンテナを張っていなかったんです。QUESTIONさんが、京都信用金庫さんがやってるってことすら知らなかったです。
川上:QUESTIONのこと自体は知っていたんですか。
井上:いいえ。QUESTIONのことも調べて初めて「ここがQUESTIONやったんや!」って知りました。それと「これ、金融機関のイベントやったんや!」って。
川上:あのイベントは、アトツギベンチャーさんの考え方に共感した僕が、京都にベンチャー型事業承継っていうことを知ってほしいな、京都の皆さんにリーチするようなイベントができたらいいなって思って、一緒にやらせてもらったんです。ただ、イベント後にアトツギの人が少人数で集まって交流する場も設計していたので、案内する先を絞っていました。
井上さんが参加したイベントの懇親会の模様。画面中央に井上さんの姿が!
井上:じゃあ飛び込みの参加者って私ぐらいだったんですか?
川上:そうです。当金庫にかかわりのあるアトツギの方か、それ以外の参加者は行政の人やアトツギではない方が多かったんです。
井上:そういえば「何見て来てくれはったんですか」ってめっちゃ聞かれましたね。
川上:僕らの想定外で井上さんがたまたま飛び込んできてくださって、まずそれがだいぶ驚きの出会いだったんです。
──井上さんとQUESTIONの出会いは偶然だったんですね。
井上:そうですね。ただわたしは常に、何かいいセミナーやいい情報ないかなっていうアンテナを張っているんです。おもしろそうなものとか、触れたことなさそうなものとか、自分のネットワークにはなさそうなものに参加しています。
──世の中にセミナー類が星の数ほどある中でアンテナを張っていらっしゃるというのがすごいですね。また、京都商工会議所さんが「京都でこんなことが起こっていますよ」という情報を集めていらっしゃったおかげでもありますね。
川上:商工会議所さんがイベント情報を拾ってくれて、たまたまそれが井上さんに届いたんですね。まさに井上さんがするがやさんのことで悩まれていた頃ですね。
井上:行ってみたら、知り合いが何人もいました。私のtwitter(現X)をフォローしてくれている方だなという方も何人かいて、「こういうところに居はる人やったんや、なるほど」と思いました。「京都さすが狭いな」と。
川上:実は知ってる人が多かったんですね。
井上:そうですね。その方から他の参加者や京都信用金庫の方を紹介してもらってご挨拶させてもらいました。
──そこで初めてQUESTIONとつながったんですね。
川上:イベント後の懇親会で、参加された事業者の方とコミュニケーションを取りたいなと思って、ちょっと顔をだしてみたんです。あのとき、井上さんは知人のアトツギの方とお話をされていたので、ご挨拶しにいきました。まず知人の方とお話をして、次に井上さんのお話を聞いてみたら、先代と連絡が取れなくなったうえに店舗の所有権が一部人手に渡ってしまい、買い戻すか手放すかの瀬戸際にある、と。「これは大変な内容だぞ」と思ったわけです。
井上:あのときは切羽詰まっている状況でした。私も、金融機関が運営しているQUESTIONに来たのは何かの運やと思って、今日できる限り金融機関の方と関係を作って帰らなあかんぞ、とセミナーを聞きながらずっとタイミングを見ていました。
何かあったら相談できるような人とつながりたい。
川上:その場で今の井上さんの置かれている状況を聞かせていただいたんですけど、いくらなんでも立ち話でこれ以上は聞けないな、と。もっと詳しく話を聞きたくて、次の日にアポイントを取りました。
井上:懇親会でもはっきりと「何とかしたい」とご相談しましたので、速攻で来てくださいましたね。
川上:なんとかしなかったら、するがやさんがなくなってしまうと思ったんです。登録文化財に指定されている貴重な町家がなくなるかもしれないし、ずっと続いてきた京菓子もなくなるかもしれない。そんな中で、単純に伝統を復活させるのではなくて、井上さんがブラッシュアップしてさらに展開を広げていこうと奮闘されているのを知って、ぜひ応援したいな、と。
川上:僕の思いとしては、もちろん京都にもディープテックのようなスタートアップがあってもいいとは思ってるんですけど、京都ってそれ以上にするがやさんのような伝統や文化をどう新しくブラッシュアップしていくのか、とか、それをどれだけ残せるのかという文脈での事業承継が大事だと思っています。正直どこまでできるだろうって感じたところはあるんですけど、井上さんがめちゃくちゃ切羽詰まっている様子だったので、速やかに連絡を取りました。
井上:本当に切羽詰まっていましたね。ここで物件を手放すかどうかの瀬戸際で、偶然銀行さんのイベントに来ることができて、相談するなら今日しかないと思っていました。
川上:井上さんからのお話のインパクトが強すぎてイベントの内容が全く思い出せない(笑) 井上さんとお話するまでの流れは覚えているんですけど、全部吹っ飛んで上書きされました。
井上:申し訳ございません(笑)
──お互いに緊張しながら改まって話すよりも、バーという場で良かった面もあるかもしれないですね。
井上:お酒も入って、立ったままフランクに、でしたもんね。
川上:QUESTIONの1階のカフェ&バーはそういうイメージで運営できたらいいなと常々思っています。そういった場でいろんなつながりが生まれていってほしいです。
井上:私はいつもセミナーに参加するときって、内容やタイトルを見て、大体こういう人が来るだろうなって想像しながら行くんです。イベントのメインは人とつながることなんですよ。セミナーの内容はヒントになることはあるけど、それよりも、発言している人を見て「この人はこういう感じなんだ」とか「この人と合いそう」とか、この中で誰とつながろうかなと考えています。そのあとで名刺交換して、Facebookとかでつながって、長くお付き合いしていく。セミナーやそういう場に行く一番の目的って、何かあったら相談できるような人とつながるため、人脈を広げるためです。
川上:それはすごくわかりますね。僕らもイベントにはネットワーキングをしに行っています。いろんな人とつながりながら、その人に知り合いを紹介したり、逆にその人が何をしている人なのかインプットして、他の場でその人をまた紹介して、Win-Winな形にしていく。それこそがQUESTIONの価値なんだろうなと思っています。だからあの場であんな大切な話をしようと思ってもらってありがたかったですよ。「これ聞いても大丈夫なんかな?」って僕が思ったぐらいです。
井上:どうにかするには喋らんことには進まん、隠してたら何も始まらへんっていう思いです。
川上:QUESTIONってイベントやコワーキングスペースを運営しつつも、やはり金融機関が主体だから、そういった相談も乗れるっていうところは強みだなと思っています。コミュニティマネージャーである僕らも融資に関する経験があるので、その面でもお手伝いできることがあります。
「私がこの家を何とかしたい」覚悟と決意が事態を動かした。
川上:それに自分たちでこういった伝統的な建物を残していきたいっていう思いもあったんです。これだけ保存状態のいい町家って多分ほとんどないんですよ。
井上:ここは母の実家で、大叔母が茶道の先生で綺麗に手入れしてくれていたんです。今でもちょこちょこ畳やふすまを手入れしているんです。
──初めて井上さんのお宅にお伺いしたときはどのようなお話をされたのでしょうか。
井上:物件の話や、自分たちがどういう状況にあるのかを改めてお話しました。
川上:お金以上の価値がこの住宅には絶対あると思いましたし、井上さんが家業を再開しようと奔走しているお話を聞いて、自分が営業だったら買い戻すための融資案件を通せると思いました。そこで思いを込められるのが僕ら営業マンが存在している理由です。
のれんをくぐると、昔ながらの見世棚にお菓子が所狭しと並ぶ光景が広がります。
川上:返済金額が大きくなりそうなことに関しては悩むところもありました。ただ、ここからが井上さんの強みだと思ったんですが、元々のご自身の前職でお持ちのつながりだとか、新しく始める事業の収益性だとか、そういったお話を聞いて、何とかなるだろうというイメージは湧きました。とはいえ、何が一番ネックだったかというと、時間ですね。時間との戦いでした。
井上:買い戻すまでのタイムリミットが迫っていたんですよ。不動産業者の方とすでに1年以上やり取りをしていたんです。物件を買い戻すのか、買い戻さないのか。そのリミットが迫っていたんです。
井上:やっぱりこの家って祇園の一等地にある由緒正しい町家なんですが、祇園のことをあまり知らない人からは「ドル箱」みたいに表現されるんです。私はその表現がすごく嫌いなんです。だから私がこの家を何とかしたい、でもどうすれば……と悩んでいる状態でのアトツギセミナー参加でした。
川上:家を買い戻すことが一番の望みですという井上さんの言葉や後を継ぐ覚悟、しっかり練られた事業計画を聞いて、これならいけるなと思って、次にアトツギを支援する部署と支店長を連れて対応させてもらいました。
──井上さんがもともと準備されていた計画が、とうとう動き出したという感じですね。
川上:そうですね。紆余曲折があって買い戻すことができて、2023年8月にお店を再開することができた。
井上:思い切って買い戻しの契約をしてよかったです。
川上:井上さんの準備と、事業の後を継ぐという決意が誰からも評価されたんだと思います。裏表なくすべて相談してくださったところもよかったです。
井上:川上さんと出会いがなかったら何も始まらなかったです。
川上:QUESTIONがなかったら、井上さんと会うことはなかった。その上で、先程井上さんも仰っていたようにQUESTIONにネットワークを求めて来ている人と僕らはつながっていく必要があると感じました。例えば井上さんが来てくれたとしても、そこでしゃべりかけていなかったら、多分何も起きていなかった。
川上:たまたま商工会議所の方がイベント情報を見ていてくれて、たまたま井上さんがイベントに来てくださって、たまたまQUESTIONというものがあって、バーで一緒に話したことによって、こういう流れになったんだなと。
──それまでに井上さんがお店の再開に向けて準備して努力して調べてきたことが一気に実りましたね。
井上:はい。川上さんに相談する前から、事業計画書は元々準備していました。
川上:今後はこんなビジョンでやっていきたいというしっかりしたアイデアも井上さんの頭の中にもありましたもんね。そこの部分が良かったなと思います。
QUESTIONと出会って、良いしかない。
川上:井上さんにとってQUESTIONと関わってよかったか、というところを聞かせてもらえないでしょうか。
井上:良かったですよ。良いしかない(笑)
川上:ありがとうございます。井上さんの手で京菓子のするがやさん復活して、もっと応援したいと思った方もたくさんいるだろうなと思いますし、そういった共感の輪が広がっていって、その地域のものがもっともっと良くなっていくお手伝いができたらいいなと思っています。
井上:お店が始まるまでに、QUESTIONに何回か行かしてもらったんですよ。そこで宮武愛海さん(※)をご紹介いただきました。うちの商品を気に入って何回も来てくださいました。
(※)京都西陣地域の伝統産業から出る産廃素材を再利用するアクセサリーブランド「sampai」代表。伝統産業と若者世代の交流を生むマルシェイベント「mono-gatari」を主催。
川上:それがご縁で2023年6月の「mono-gatari」にも出店いただきましたね。
井上:8月の店舗再オープンのプレイベントという位置づけで出させてもらったんです。初めてキャッシュレス決済の端末を使ってみたり、いろいろ試せてとても良かったですよ。
川上:なるほど、QUESTIONのチャレンジスペースをそういう観点で使っていただくのはいいアイデアですね。
井上:そうですね。その結果、店舗で使うのはあまり向いてへんなと思って別の決済サービスに変えたんです。やっぱりテストする場所って必要ですね。
mono-gatariに出店。伴走した祇園支店の支店長も応援に駆けつけました。
京都のやり方は「古くさい」けど、「縁」を大事にするからこそ。
ご家族と熟練の職人さん全員で伝統の味を守り続けています。
川上:京都は外から見たときに「排他的」って言い方をされるけど、そうじゃなくて経済以上に人や出会いを大事にしてきた文化だから何百年も続いて、成熟してきたんだろうなって思うことがあります。お金じゃなくて縁を大事にして、開かれていく京都っていうのは、失われてほしくない文化だと思っています。この建物を守らないといけない理由も、ここを起点にしていろんな出会いがあるからなのかな、と。
井上:そうですね。再オープン初日に、地元の人がめちゃくちゃ喜んで、いっぱい来てくださいました。
再オープン初日のするがや祇園下里の様子。
川上:あの光景がすべてだなと思っています。あれが見られて良かったって思ったんです。もちろんここのお菓子も守りたいと思ったんですけど、それ以上にこの店と人とのつながりっていうのを守りたかったんだなと感じました。
井上:ありがとうございます。たしかに、すごい感じますね。先代が唐突にのれんをおろしてしまって、私は見放されてもおかしくなかった。でもおじいちゃんやおばあちゃん、それより前の人たちがちゃんとしてくれていたから、私は地元の方に思っていた以上にすんなりと戻してもらえた。
井上:老舗のお菓子業界にも、お菓子業界の方が紹介してくださっておいおい徐々に戻れたら、という感じです。知り合いの老舗の京菓子屋さんも再オープン初日の一番最初に来てくれました。
川上:嬉しいですよね。それが一番大事で京都らしいです。
井上:周りから見たらその文化がなんか邪魔くさそうみたいに言われるんですけど、私は結構この古くさい文化が好きやったりしますね。
川上:わかります。僕が残したいと思う京都での事業承継、これからの京都のあり方が井上さんの今回の話に詰まっていると思っています。
新メニューのひやしあめジンソーダ。お隣の酒屋さんがひやしあめに合う洋酒をセレクトしてくれたそう。ここにも人とのご縁が垣間見えます。
川上:5月からですから、ちょうど1年弱ですね。色々とご一緒できて何よりだと思っています。これからも何かちょっとしたことでもいいですし、何でも相談してもらって、ここでこんなことできひんのか?」とか声をかけていただけたら嬉しいです。例えばQUESTIONの1階(カフェ・バー「河原町御池南東1F」)で一緒に食に関することをやれたら面白いなと思っています。
井上:はい。河原町御池南東1Fの皆さんとはQUESTIONのイベントでつながって、直接連絡できちゃえる仲ですよ。
──これからもQUESTIONに来ていただけたらとても嬉しいです。
井上:河原町御池南東1Fではカレーを出されてますよね。私、めちゃめちゃカレー好きなんです。スパイスも大好きなんで、今はスパイスをひやしあめに漬け込んでいるんです。「スパイシーひやしあめ」です。
川上:それ、いいですね!
井上:東アジア全体がスパイス文化でひやしあめと相性いいんですよ。ひやしあめにも生姜というスパイスが入っているので。私、カレー愛はすごいです。めっちゃ語れますよ。
川上:面白そう! ぜひ一緒にカレーとスパイスのイベントをやりましょうよ!
歴史ある建物で、先祖代々受け継がれてきたお菓子づくりを守りながらも、新しい味にも挑戦する井上さん。その根本には、人との出会いやこれまでに築き上げてきたつながりを大切にする姿勢がありました。その結果、井上さんは伝統の味や建物だけでなく、お店を介した地域の人びとのつながりも見事に復活させることができたのです。
京都にお越しの際はぜひ「するがや祇園下里」で懐かしくて新しいお菓子をご賞味ください!
するがや祇園下里
京都市東山区祇園末吉町80番地
Instagram:https://www.instagram.com/gion.shimosato/